二児のママである私がフリーランス&起業を選んだ理由

このブログを書いている2020年は本当に大変な一年でした(まだ過去形にできないけど…)。

長い引きこもり生活も、健康であればまだ乗り越えられます。しかし大変なのは自分や家族が体調を壊したとき。

鼻水や咳でも疑われてしまう、このご時世。私はアメリカに住んでおり、息子たち(二人います)は、普段プリスクールやデイケアに通っているのですが、ほんの少し症状が出ただけで休まなければなりません。

昔は、家族が体調を壊すたびにピリピリしていました。

しかし今では仕事をある程度コントロールできるようになりました。それは自分の中で大々的に「働き方改革」をしたおかげです。

家族の体調不良がストレスだった

当時は、長男をデイケアに預けて、ある企業に勤めていました。

幼い子どもって、よく風邪をひきますよね。冬場は特に。

長男が風邪をひく度、上司へ事情を説明して、周囲に謝って、仕事切り上げて。海外在住ということもあり、まわりに頼れる家族もいません。大人は、夫と私のみ。

彼は仕事でも責任あるポジション。
私は時短のパート社員。

どちらが帰りやすいか、休みやすいか、といったら、私なのでしょう。頭では理解しながらも、どんどん不満が積み重なりました。

たまには、迎えに行ってよ。
たまには、休んでよ。

夫はとても育児に能動的です。でも、この時期は「なんで私ばっかり」とずっと思っていました。
夫婦仲も一番ピリピリしていた気がします。目の前に辛そうな長男がいるのに、つい仕事が気になったり。そんな状態にモヤついたりもしました。

夫が「ソファで寝て風邪ひいた〜」なんて言おうものなら怒りマーク点灯です!(激怒マークかも)

余裕がなさすぎる。このままじゃいけない…。

そう思いながらも働くことを諦めきれなかった。そんなうやむやな状態の私に、ある決定的な出来事が起こります。働き方をごっそり変える、その後の行動に繋がる、きっかけです。

第二子の妊娠・早産騒動と退職

私が生まれ育った環境は、幼い頃、母が家計を支えている時期がありました。だから妊娠しても出産しても、働く。

それが理想というか、私の中では当たり前でした。だから第一子が生まれた後も必死にしがみついていた。実際、何とかはなっていました。

そんな中、第二子を妊娠しました。

アメリカは、産後2〜3ヶ月で仕事に戻ります。そのときカナダ人の上司のもとで働いていまして、妊娠を報告したら「産後にまた戻ってきてね」なんて言ってもらいました。

家族が一番、なアメリカ文化なので、その辺りは寛容です。

ところが、妊娠中期の検査で状況が一変します。

アメリカの妊婦検診はエコーが3回ぐらいしかなくて中期に時間をかけてじっくり診ます。そのときに「子宮頸管が短い」と医師から指摘を受けました。子宮頸管というのは、ざっくり言うと「赤ちゃんが通る道」でしょうか。

実は第一子の産後に、子宮頸癌の検査に引っかかり、手術を受けたことがあるんです。そのときに一部を切除したので短くなったようでした。

発覚した時点で、日本だったら「入院レベル」。ただ、アメリカはよっぽどのことがない限り入院措置を取りません。保険も高いです。

(産後だって2泊するぐらい!)

つまりはどうあろうと自己責任。ちょうど年末年始で仕事は休みだったけれど数日後には出勤が始まる状況でした。

この体だと、正直仕事は難しい…。

私は、せめて上司と顔を合わせて状況を話したかった。だから数日だけでも出社したかった。

でも夫は大反対!!いま無理をして生まれてしまえば、子どもは500gぐらいです。

「理想より、プライドより、赤ちゃんの命が大事でしょう!?」

と言われました。当然その通りです。

不本意にも、また急遽休職に入ります。

もし今後安定したら仕事に戻りたい!というわずかな希望も虚しく、状況はひたすら悪化するばかりで…

結果的に、もう二度と働きには戻れませんでした。

お母さんになっても働きたい、それを叶えるどころか妊娠とも両立できない…第一子に続いて第二子も…。

会社への申し訳なさ、自分の不甲斐なさ

マイナスな感情でいっぱいでした。

フリーランス&独立への覚悟

しばらくは落ち込みまくりましたが、いま振り返ると、このどんより期間は言わば、暗いトンネルだったように思います。

その先に続いているのは、仕事人生・第二章への道。

企業では働けない。だったら独立するしかない。

そう強く思うようになります。

その後、無事第二子は36週で生まれました。しかしそれ以降も、

長男が原因不明の体調不良になったり
夫が出張先で倒れて集中治療室へ運ばれたり

海外生活・核家族暮らしに試練が起こり続けます。

思えば、私が「働き方」を見直すとき、いつも家族の存在がありました。

家族を守れるだけの力が欲しい。
子どもたちに寂しい思いをさせたくない。
夫と過ごす時間も諦めたくない。

それが時短ライティングにもつながっていきました。

働き方改革の結果

結果として、いまは企業で働いていた頃と同じぐらいの稼ぎを得られるようになりました。仕事はすべて在宅です。この働き方は多くの悩める「お母さん」を救うんじゃないか。そんな気がしています。

今の状況に至るまでには、様々な工夫や挑戦がありました。正直成功よりも失敗のほうがたくさんあります。しかし乗り越えてきたからこそ、最適な環境を手に入れられました。

このブログでは起業やフリーランスの情報もお伝えしていく予定です。

 

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