「ままならなさ」を見つめることは、書くエネルギーになる
これを書いている今、街はクリスマスシーズン。
我が家の子どもたちも、プリスクールでツリーやリースなど趣向を凝らしたアート作品を作っています。
それだけでは飽き足らず「おうちでも作りたい!」と長男。「オッケー」といそいそグッズを買い集める私。
本来の自分は決してマメではないのに「子どもたちの希望」となると重い腰がほんの少しだけ軽くなる。いったん自分のあれこれは置いといてよしやろう、と思えます。
実際やってみると楽しいんですよねぇ。
でも、こうなったのは最近の話です。
第一子を産んで、母になりたての頃は、「自分の時間」とか「自分の目標」とか自分のことばっかり。全然諦められませんでした。
ままならない苦しみが教えてくれること
私は第一子のときに妊娠経過が思わしくなくて、ついには休職にいたるんですが、当時は安静のためにずーーーっと家で寝ていました。
その時、これまで散々自分の好きなように生きてきたものだから、ままならない苦しみ、つまりは「母になる覚悟」を問われていた気がします。
だって、子どもとの生活は思い通りにならない日々の連続だから(汗)
その後、仕事に復帰したものの、第二子を妊娠したときも中期以降に切迫早産となりました。結果的に突然の退職。
「自分のことばっかり考えるんじゃない!」という神のお告げだったのかもしれまえん。他にも長男の体調不良や夫の入院など、様々なことがあったおかげで、人生を見つめ直しました。
詳しい経緯は、こちらの記事にも書いています。
傷を見つめる人の言葉や文章は強い
ここ一年半の私はいわゆる文章を書くコミュニティに割とどっぷり浸かっており、様々な書き手さんとお友達になりました。
ブログ、エッセイ、コラム、小説、短歌、詩などなど。みなさんいろんな表現スタイルを持っています。多くの人と接していて思うのは、みんなそれぞれの「ままならなさ」を抱えているんだな、ということです。
子育てや介護、両親との関係、失恋、事故、病気、などなど。
その中から「傷」を、さらには「光」を、とことん見つめて文章という形にする。
「ままならなさ」と真摯に向き合っている方の文章はやっぱり鋭いです。それは経験の重みが言葉にのっているから。
自分にしかない発信をするために
今このブログを読んでくださっている方の中には、ご自身のビジネスをされている方もいると思います。
ビジネスの本質は「課題解決」なんて言われますよね。
これまでのご経験から、ご自身が学んだことを同じように困っている人に伝えたい!と心を決められている方も多いのではないでしょうか。
それはどんな「ままならなさ」でしたか?
現在進行形ですか?
過去の傷口を見つめるのは痛みを伴うものです。
でも、目を逸らさずに掘り下げいくと「自分だけの言葉」が見つかるのだと思います。
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